日曜日, 4月 28キリスト教・例話集・週報アイデア集
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26人の殉教 (8/8)

26人の殉教 (8/8)

(18)聖レオン烏丸 尾張、伝道士 パウロ茨木の弟。フランシスコ会士のもとで伝道士。 数年間僧侶の職にあったが、イエズス会の神父の教えを聞きキリシタンとなった。 フランシスコ会が来日したとき、かれらを助け京都、大阪の修道院建設に尽力した。 聖アンナ病院の院長となつたが、自ら患者のただれた体を拭き清め、衣類を川で洗濯していた。 京都市中の人達に尽力し、「神の聖役者」と呼ばれる。 殉教時の年齢48歳

(19)聖ボナベントゥラ 京都 出生後受洗。両親の死により子供のときに寺に預けられ、20年以上も仏僧として過ごす。 ある日、自分が幼少のころ洗礼を受けていたこと知り、フランシスコ会を訪ね、修道士見習いとして教理の勉強に励むようになる。 布教に尽力。  殉教時の年齢不詳、日本名不詳

(20)聖トマス小崎 伊勢 ミカエル小崎の息子。11歳のとき、京都の修道院建立のため働く大工と親しくなり、キリストの教を受けるようになる。 マルチノの神父を手伝う信仰深い少年で、司祭になる希望を持つ。 母親にあてた手紙は感動的。 殉教時の年齢14歳

(21)聖ヨアキム榊原 大阪 武士の出で最初は医学を学んだ。ある日、宣教師の説教にひかれ受洗。 大阪の修道院建設を助け、その修道院の料理番となり、そこで捕えられた。  殉教時の年齢40歳

(22)聖フランシスコ医師 京都、医師 豊後の大名、大友宗麟の侍医を務める。 秀吉の征韓の役に医師として従軍したとき、あるキリシタン侍からキリストの教えを学び、フランシスコ会の修道院を訪れた。 京都で洗礼を受け、聖ヨゼフ病院で活躍。  最初には処刑者の名簿に載っていなかったが、迫害に抗議し、その結果として処刑者の名簿に載ることとなり、殉教した。 殉教時の年齢46歳

(23)聖トマス談義者 伊勢、薬種商 キリシタンの教えを聞き改宗。その後、フランシスコ会の伝道士として働く。 強い正義感の持ち主。 殉教時の年齢36歳?

(24)聖ヨハネ絹屋 京都、織物師(大工であったとの説もある) 修道院近くに住み、外国人宣教師との接触の機会が多く、その教えを聞いて 1595年に洗礼を受ける。 信者としては新しかったが、信仰が厚かった。 殉教時の年齢28歳

(25)聖ガブリエル 伊勢 京都奉行に仕えていたが、17歳のとき改宗してフランシスコ会に入り、司祭、修道士の仕事を手伝う。 改宗したことを知った両親は、彼を連れ戻そうとしたが、逆に改宗させられ信徒となった。 両親は京都フランシスコ会修道院の門番となった。 殉教時の年齢19歳

(26)聖パウロ鈴木 尾張 25歳のころ洗礼を受ける。喧嘩早い性格であったが受洗後は次第に穏やかな性格になり、フランシスコ会の伝道士となる。 キリスト教の教理には勿論のこと、仏典にも造詣が深かった。 聖ヨゼフ病院が開設されると、その院長となる。 通訳としても外国人司祭の布教を助け、自らも説教師として活躍した。  殉教時の年齢49歳

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